« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月

2012年5月31日 (木)

再稼働容認と無責任の連鎖

 昨日、突然、関西広域連合が大飯原発再稼働に関する声明(公式サイトでPDF形式にて配布されています。要は、声明文の最後にある「大飯原発の再稼働については、政府の暫定的な安全判断であることを前提に、限定的なものとして適切な判断をされるよう強く求める。」ということでして、つまりは「再稼働OK」ってこと)を発表しました。そして、今日になって(広域連合の会合を欠席した)橋下徹大阪市長が、この声明は事実上の再稼働容認であると認めました。
 これを受けた形で、政府は大飯原発再稼働の手続を進めているようです。野田首相は、地元の福井県などの了解を得たうえで、来週にも再稼働を判断する方針を表明しました。
 当然ながら、「反原発」を叫ぶ人たちはカンカンです。怒り狂って「橋下は裏切った」とか「橋下の脱原発は前から嘘だって言ってるのになんで見抜けないんだ(ホントに見抜いてたんですかね?喜んで支持してたのに。結果論なら誰でも何とでも言えますが)」とか、いろいろな記事を読ませてもらいました。朝日新聞も、勝手に国民の多くが「脱原発」を望むようになったと決めつけ、ここに至ってなお「国は原発依存を脱する道筋を示すべき」などと書いてましたね(代替エネルギー案もなしに)。
 しかし、結局のところ、原発に反対している人から「原発を動かさないで、電力をどうするのか」「どう日本の電力を確保するのか」という点で納得しうる建設的な意見はないんですよ。あったならば、私も含めて誰もが「原発不要」と言えたはず。が、ネット民から市民運動家サマ、識者サマ、新聞メディアサマ、市長サマ、知事サマ、国会議員サマから前の総理大臣サマに至るまで、今の今までそういう意見は一切ない。誰もかれも「原発を止めろ」「原発を動かすな」「放射能が放射能が」と声高に叫ぶだけで、「電力が足りない」といえば「いや、足りる」「隠しているだけ」、「本当に足りないんだ」といえば「陰謀だ」「節電すればいい」、そしてついに節電では足りなくなって計画停電するしかないとなったら……
「再稼働容認」、です。
 笑い話かなにかみたいですが、これが「現実」というものです。認めたんですよ、あれだけ再稼働反対で世間を騒がせた首長さんたちが、「現状では電力不足で原子力の他に電力を確保する方法はない」、とね。

 たしかに、原子力発電というものは危険な発電方法です。ひとたび事故が起これば大変なことになるのは福島で実証されてしまいました。そして、今後同様の事故が起こらない保証などどこにもありません(※私は事故はあり得ると思っています。だから、その危険を少しでも減らすべく新型原子炉を開発してほしいと前から書いています。が、そういった努力もない一方、有効な代替エネルギー案も出せないのにひたすら「原発廃止」と言ってるだけなのが、日本のこの1年でした。そして「再稼働は許さない」とか言っといて結局は「再稼働容認」ですからね。まったく情けない)。
 けれども、他の発電方法とて、絶対安全で害の全くないものなどありえません。人間が作りしものである限り、必ず故障するし、必ず事故は起こります。火力は故障しやすく、害は相対的に小さくとも化石燃料依存と温室効果ガス排出を事故前はあれほど叩いていたではありませんか(叩いていたのは誰です?「反原発」ないしそれに近い環境原理主義の人たちですよね)。そしてエネルギーである限り、完全に制御できるものもありえません。「自然エネルギーならコントロールできる!」などというのは、ただの傲慢です。太陽を人間が制御するなど不可能であり、かつ太陽光には人体に有害な赤外線・紫外線に加えて放射線までも含まれています。風力だって、台風や竜巻の威力を見ているでしょう?水力・波力は、日本人であれば津波の破壊力を昨年見たはず。地熱はマグマ、ひいてはマントルの熱なのですから、地震同様コントロールなど不可能です。自然エネルギーを「安全安心」などと言い張ることがいかに欺瞞に満ちているか、私たちはいいかげん理解すべきでしょう。
 であるならば、原子力発電も、今回の経験を生かして重大事故を未然に防ぐよう努力し、前以上に厳しく運用すればそれで良いのではありませんか?政府が今やってることで十分とは言えませんが、前進はしています(※もともと原発事業の前進を妨げていた原因は、反対運動があまりに理不尽だったことにもあります。それで殻に閉じこもってしまった事業者側にも問題は大いにありますがね)。他方、大規模停電・計画停電のリスクどころか電気料金の値上げすら負えない負いたくないと言う国民は文句を言える立場にあるのでしょうか?
 そもそも、電気を利用するのであれば、発電・送電・使用のあらゆる場合において何らかのリスクは負わねばならないのです。
 リスクなんて負いたくない、何でも反対したいのならば、電気など使わなければ良い。人間は電気がなければ必ず死ぬということはないのですから(生活はできなくなるかもしれませんが)。なのに、反対する人に限って、そうはしません。「電気なんて足りなくたって生きていける」などと口では言うけど電気を使わない覚悟を見せる人間などおらず、「原発は要らない」「電力会社は悪」と電気で動くPCやケータイで掲示板やブログやTwitterに書き込むのが彼らの姿です。自らの身勝手のために「電気は必要である」という大前提を隠して無責任にキレイゴトを並べているだけですよ、彼らは。目的は票のためだったり、地位名誉の保持保全のためだったり、国益を害し社会を混乱させひいては革命などという時代錯誤な妄想のためとかその革命ごっこに参加したい人とか騙され利用されているだけの考えない葦だったりといろいろでしょう。でも、「電気が本当に使えなくなる」となったら、みんな関西広域連合同様、掌を返すかのように「再稼働容認」となりますよ。彼らは、他人が不利益が被るのは一向に構わないけれども自らが不利益を被る気などさらさらないのだから当然です。この国では、電気を使えなくなるのは全員がイヤなんですよ。1人残らず、原発賛成反対に関わらず全員がです(「原発イヤだ」っていってる連中は、「停電するよ」と言われたら供給責任を持ちだしたりして電力会社を非難するじゃないですか。自分たちの立場からすれば停電は当然受け入れなければならないのに、そうしないのは結局のところ停電が何よりイヤだからです。「停電すれば良い」って言ってるのは、私のように原発に反対しない方の人間がむしろ多い。こんな理不尽なこと、ないですよ。どうして、あれもこれもどれもイヤという勝手な理屈ばかりが通るのでしょうね?)。この国で、全員が電気を使えるだけの電力を確保するには、現状では火力発電のみならず原子力発電にも頼るしかありません。であるならば、原子炉稼働は容認するしかないのです。仮に代替エネルギーを準備するにしても、安定大出力の原子力発電に変わる発電方法を確立するのには時間がかかります。その時間さえも計算できない人間に、原子力利用の対案など出せるはずもありませんし、ましてや準備などできるはずもない。1手2手先も読めず説明を求めれば窮して黙ってしまうくせにそれをこまかすため怒鳴り散らすガキみたいな人間が言うキレイゴトに、いつまで付き合う気ですか。
 まぁ、普通の人の中に「現実」を理解できない人間がいても、それは構わないでしょう。「現実」なんて理解したくないという人がいても構いません。何を考えるかは自由ですから。「現実」なんて無視すべきと意見を主張するのもよいでしょう。反対意見というのも世の中には必要ですしね(反対意見の全くない社会というのは最も忌むべき社会です)。
 しかし、人の上に立つ人間が、「現実」を理解せずにミスリードをし、それを誰かが賛美しさらなる増長を生む社会というのは、不幸です。
 この点、今回の関西広域連合、大阪府市、特に大阪府市統合本部エネルギー戦略会議の失態は、ミスリードどころか増長に次ぐ増長を晒し続けたのですから極めて深刻ですね。菅政権という世界最高レベルの失敗例を目の当たりにしながら、橋下市長は原発を動かさずとも電力は足りるとして原発再稼働は絶対に許さないと言い切りました。そして戦略会議のメンバーは電力が足りないというのは関西電力の陰謀であり、経営努力の不足であり、それを理由に原発再稼働を求めるのは国の恫喝でありやくざまがいであってテロであるとまで言いました。にも関わらず、「再稼働容認」で悪びれるところもないとは何なのでしょうか?関西の住民の生活と企業の活動を盾にとって国を恫喝し、テロとまで罵っておいて、そのテロとやらに自分から屈した責任をどう取るつもりなのでしょうね(橋下市長は懲りずに「大飯原発以外は絶対に再稼働させない」などと言ってるみたいですが、「絶対」はハッタリであると自ら認めておいて今さら何なんです?そんな物言いが許されるのは学生の間だけでは?そろそろ、エネルギー政策に関して性根を入れ替えてもらえませんか。一政令市長が関西全体に不幸をばらまくのは、やめていただきたい)。
 人の上に立つ者であるならば、何かに転嫁することなくきちんと責任を取ってもらいたいものです。ああ、少し補足しておくと、必ずしも「首長は辞めろ」と言っているわけではありません。辞職も責任の取り方の1つですが、他にすべきこともあるでしょう(まずは、自らの非を認めることでしょうな。あとは各々が考えられよ。偉いんですよね?高い給料もらってるんですよね?)。

 不幸なこの国ですが、最も不幸なところは「上が責任を取らない」というところではありません(お上が責任を取らないというのは、万国共通ですから)。
 最も不幸なのは、上に対する下、つまり私たち一般国民が、お上の身勝手無責任をしっかりと考えることも理解することもなく簡単に忘れてしまうところです。
 大阪府市や関西広域連合に対する批判は出るでしょうし実際出てはいますが、それは刹那的なもので、この夏を停電もなく安穏と過ごしてしまえば多くの人は今回の再稼働容認の騒動も完全に忘れ去ってしまうでしょう。で、また何かあれば「政治が悪い」などと言い出す一方で、次の選挙で自らの発言や行動を顧みることもなく選挙時だけの適当な美辞麗句を並べた候補に投票し再選を許してしまう……私たちはそれを繰り返してきました。大阪の橋下市長や松井一郎知事、山田啓二京都府知事、嘉田由紀子滋賀県知事も、今回身勝手で無責任な対応に終始したことはおそらく忘れられてしまい、再選を希望すればあっさり選挙に通ってしまいそうな気がします。実際、橋下さんは大阪府知事時代に沖縄基地問題で関西国際空港に移しても良いと言っておきながら話がきた途端神戸空港に移せば良いと言い出すなどの責任転嫁発言やWTC購入など政治家として失点も多々ありましたが、昨年の選挙時には個人中傷に終始し触れられることすらありませんでした。在任中の失政がなぜか追及されないんですよ、この国では。「政治家個人(の人柄)を評価する」ことはしても「政治を評価する」ってことをしないですよね。
 政治的無責任を追及せず、忘却し、さらなる無責任が不幸をより大きくする……こんな“無責任の連鎖”を断ち切れるのは、民主主義国家においては私たち主権者である国民1人1人なのです。次の選挙で落選させることにより、無責任な政治家に責任を取らせることができるのですから。
 「政治を良くしたい」と思うのならば、変わるべきは私たち自身です。忘れないことです。政治家の無責任な言動と行動を。そして、次の選挙の投票行動できっちりと示すことです。私たちがそれをしない限り、政治は変わりませんよ。

| | コメント (2)

2012年5月28日 (月)

F1 2012 モナコGP

 F1第6戦・モナコGP決勝が昨日行われました。
 伝統の一戦・モナコGPなわけですが……「ここはモナコモンテカルロ、絶対に抜けない」という三宅アナの有名な実況にもある通り、モンテカルロ市街地サーキットは“抜けないサーキット”の代表でもあります。心配された雨がほとんど降らなかったこともあって、今年も「抜けない」展開になってしまいました。
 予選。“抜けないサーキット”のため、ここでは予選順位が何より大事です。というわけで、珍しく各車がQ1から全力アタックとなったわけですが……ペレス(ザウバー)がいきなりクラッシュして赤旗中断。ペレスはタイムを残せず、Q1敗退。また、期待された小林可夢偉(ザウバー)も12番手タイムでQ2敗退。バトン(マクラーレン)も13番手でQ2敗退。Q3も珍しく白熱した争いになったのですが、そんな中ベッテル(レッドブル)は敢えてタイムを残さず10番手スタートを選択しました。で、トップタイムを記録したのは、なんとミハエルさん(メルセデスAMG)!2006年フランスGP以来のPP獲得……とはなりませんでしたが(※前戦のセナとの事故で5グリッド降格がレース前から決まっていた)、びっくりしましたよ。で、2番手タイムでPPとなったのはウェバー(レッドブル)。こちらも昨年のドイツGP以来となる、久々のPP獲得。2番手スタートはロズベルグ(メルセデスGP)、3番手スタートはハミルトン(マクラーレン)。以下グロージャン(ロータス)、アロンソ(フェラーリ)、降格のミハエルさんで、7番手にはいよいよ立場がやばくなってきたマッサ(フェラーリ)が入りました。
 でも、面白かったのはここまででして……決勝は、スタート直後にグロージャンが姿勢を乱してコースを塞ぐ格好になり、可夢偉のマシンが避けきれず接触。結局両者ともにリタイアとなりました。その後は、もう「ここはモナコモンテカルロ、絶対に抜けない」いいいぃぃぃぃ……というフレーズが頭の中でリフレインする展開で、トップ集団までもが最終盤にて6台数珠つなぎになってしまいかつオーバーテイクなしという実につまらないレースでした。優勝はトップを守りきったウェバーで、今季初優勝。2位も2番手を守り切ったロズベルグ。ハミルトンはピットストップで順位を落としたため(5位)、アロンソが3位で、4位にはスタートで新品のソフトを選択したベッテル。マッサは今回頑張って6位に入りました。マッサもこれで「復活」となればいいんですけどね。スペインGP終了後に炎上したマシンで走ったセナ(ウィリアムズ)は、なんと10位入賞。バトンは完走扱いとはなりましたが最下位16位に沈み、ミハエルさんはマシントラブルか何かでリタイア。前戦でミラクルな初優勝を果たしたマルドナード(ウィリアムズ)は、予選からペナルティに次ぐペナルティで結局リタイアでした。

 結果、開幕6戦で6人目のウィナーが誕生しました。これはF1史上初のことだそうです。また、ドライバーズランキングではアロンソが76ポイントでトップに立ちました。散々な言われようのブサイクマシン・F2012を駆るアロンソが、6戦終えた時点で単独トップとはね。一方で、“レース巧者”のバトンがこのところ全く良いところがなかったり、好調だったルノー勢も今回はうまくいかなかったりと、なんだか「よくわからないシーズン」になってきましたね。マシンのデキに差がないとも言えるのでしょうが、「誰が一番速いか決定戦」ではなく「誰がピレリタイヤを当日一番上手に使ったか決定戦」になってしまっているよーな?今回はコースレイアウトの関係もありましたが、ちょっとピレリタイヤの演出が過ぎる感じも出てきましたかねぇ。
 次は昨季のベストレースとも言われたカナダGPですな。次はハミルトンかライコネンが優勝して、7人目のウィナーが出るようなことになるのかな?

| | コメント (0)

2012年5月27日 (日)

重戦機エルガイム ~その6・BAT-SHU

 カルバリーテンプル“ヘルミーネ”<記事>に続いて発売されたので買いましたよ、バンダイ ROBOT魂 <SIDE HM> バッシュ

_01
 バッシュも「重戦機エルガイム」の敵メカの1つでして、17話と比較的早い段階で登場したポセイダル正規軍のA級ヘビーメタルです。設定では正規軍に10数機のバッシュが存在していて(※すべてコピー機でオリジナルは現存せず、という設定)、そのうちの1機がプラネットボンバー“スレンダースカラ”に配備されており、そこに作戦参謀として配属されたギャブレーが使ったのが最初ですな。その後もアントンとヘッケラーの愛機になってたり、ミズン星配備の13人衆・ワザンが乗ってたり、最終回ではギャブレーが乗ったりと、敵のA級ヘビーメタルとしては最も活躍しました。

_02 _03

 非常に引き締まったスタイルで、白兵戦仕様とされています。実際、劇中でもぶん殴ったり、格闘戦に持ち込むことが多かったように思います。
 その一方で、バッシュはペンタゴナワールドの最強兵器・バスターランチャーを使うことも多く、今回のROBOT魂版にもバスターランチャーが付属しています。で、バスターランチャーを構えた設定画を再現してみました。

_04
今回のROBOT魂版は特に間接の可動範囲が広いというわけでもないのでちょっと苦しいのですが、結構できるもんですね~。その昔1/144キット版を作ったこともある人としては、このポーズを取れるってのは感動です。え、「お爺さんが『どっこいしょ』ってやってるよーに見える」?そういうことは言ってはいけませんw
 バスターランチャーは、バッシュの設定画にあるものが付属しています。ですが、これはエルガイムMk.Ⅱのものとは形状が違っているんですよね。とはいえ、エルガイムMk.Ⅱのも元は25話にてヘッケラーのバッシュが落としてったバスターランチャーでありまして……ROBOT魂 〈SIDE HM〉 エルガイムMk.Ⅱのものを持たせるとこんな感じ。

_05

_06
 比較のために並べてみました。上から、付属のロングスピア/付属のバスターランチャー/Mk.Ⅱのバスターランチャーです。当初はMk.Ⅱのバスターランチャーが決定稿で、バッシュの設定画にあるのは準備稿だから存在しないと説明されたりもしたのですが、現在では2種類あるということで落ち着いているようです(作画ミスなんでしょうけど、実際バッシュの設定画版のが画面にちらほら出てきますからねw)。

_07
 ロングスピアは、グルーンが装備してるやつです。49話でヘッケラーが使ってましたね。脚のランダムスレートもきちんと開きます。

_08
 パワーランチャーも1つ付属しています。アシュラテンプルなどと共通のA級専用のもので、カルバリーテンプル付属のものとも同じなんですが色が違ってます。セイバーもカルバリーテンプルと同じ大型のものですが、バッシュは脚に装備しています。

_09
 エネルギーボンバーも1つ付属。バインダーのSマインは取り外しが可能です。
 メタリック調で仕上げられていて劇中のイメージとは異なりますし、設定にあるラバー装甲って感じでもないのですが、落ち着いた色調なので悪くはないです。スタイリングも良好だと思います。ただ……顔、特に目つきが個人的には違和感大です。

_10 _10
今回のROBOT魂版が左(モバイル版では上)。設定画の顔正面を見るとたしかにこう解釈できなくもないのですけど、劇中の作画とかを勘案すると右(モバイル版では下)みたいな感じだったように思うのですがねぇ?テキトーに画像をいじっただけなので恐縮ですが、バッシュの目って曲線的な縁取りだったよーな?この点だけは、気に入らなかったっす。

_11
 カルバリーテンプル“ヘルミーネ”と並べてみました。Cテンプルの方が一回り大きくて、テンプルシリーズはL型フレームで、バッシュはM型フレームというのもわかります。ROBOT魂 <SIDE HM>の次回作は黒のCテンプルなので、バッシュと両方揃えたら49話でのヘッケラーvsハンス戦が再現できますな。

_12_2
 バスターランチャーを持たせてエルガイムMk.Ⅱと並べるとこんな感じ。Mk.Ⅱとバッシュって、こんなに大きさ違うんですかね?設定ではMk.Ⅱの頭頂高22.3mに対してバッシュの頭頂高20.7mなのですが……ロボ魂Mk.Ⅱはデカすぎるように思いますわ。

 ROBOT魂 <SIDE HM>の次回作は色替えのCテンプル(近衛軍ver.。記事はこちら)なんですけど、新規の機体を1つ作るなら前にも書きましたがガイラムをお願いしたいですね。

| | コメント (0)

2012年5月23日 (水)

イヴの詩篇

 「“菅野信者”の私としては買うしかない」シリーズ第二弾(※第一弾は「坂道のアポロン」オリジナルサウンドトラック)でございます。TVアニメーション「アクエリオンEVOL」 イヴの詩篇。

Photo
 現在第2クール進行中の「アクエリオンEVOL」のサウンドトラックです。「坂道のアポロン」は菅野作品としては珍しいEPICレコードでしたが、今回はいつものビクター・FlyingDog。前期OP「君の神話~アクエリオン第二章」/前期ED「月光シンフォニア」(共にフルバージョン)に加えて、CD初収録となる後期OP「パラドキシカルZOO」/後期ED「ユノハノモリ」が入っており、全21曲(※トラック数は22)うちボーカル曲は7曲(※「パンドーラ、パンドーラ」みたいなボーカル入りBGMは除く)で、前作と異なり「EVOL」のサントラCDはこの1枚で完結のようです(※アクエリオンシリーズのAKINOボーカル曲の企画アルバムが7月に出るみたいですけど、それは別企画ですし)。ジャケット絵が……なんとも意味深な感じですわ。
追記:上記の企画アルバム「LOVE@New Dimension」が発売されまして、既存曲の他に未収録のBGM4曲とボーカル曲「ZERO ゼロ」が含まれていました。でも、どうせなら「素足」も収録しておいてくれればと思いましたが……「創星」はCDでも別世界扱いなんですかねぇ?

 「アクエリオンEVOL」の音楽といえば、シングルで先行発売された「君の神話」がまさしく“神話”的に神懸かりな1曲でして、カップリングの「月光シンフォニア」も素晴らしい曲でした。この2曲は今回のアルバムでもやはり頭抜けているんですけど、私のように「シングル買っちまったよ」って人でも聴き所は多々ありますわ。
 まずは、「パラドキシカルZOO」と「ユノハノモリ」ですな。これら後期OP/EDのCD音源は現在このアルバムしかないわけですから、この2曲をCDで買いたければこのアルバムを買うしかありません。ただ、この2曲、TVで初めて聞いたときはかなり「弱い」ように感じたんですよね。ま、「君の神話」「月光シンフォニア」が“神”すぎるからなんですけど……「ユノハノモリ」は最初ジンが死んだことに対するスペシャルEDかなと思ったくらいでしたし、「パラドキシカルZOO」もなんかイマイチな感じで。でも、フルバージョンで改めて聴いてみると悪くない、どころか結構イイ感じの曲なんですな。特に「パラドキシカルZOO」は上手に切り出せばもっと良いオープニングになったんじゃないかと思ったりもしました。
 そして、後期OP/EDよりイイ感じなのが、「イヴの断片」と「アクエリア舞う空」。つーか、「後期OPをなんでこっちにしなかった!?」って感じですよ、「イヴの断片」。凄くいい曲だと思います。あと「アクエリア舞う空」、これもオペラ調で良いっすね~。歌手の表記が「The Member of LSOT」ってなってて「誰?」って感じですけど、「LSOT」で検索するとヒットするthe Little Singers Of Tokyo(東京少年少女合唱隊)のメンバーなんですかね?
 あとは、いつもの“菅野BGM”といったところでしょうか。「Beast Beat」「Pop-up Holy」とかカッコいいし、シュレードが弾くピアノ曲も入ってるし、「聖天使学園校歌」なんてのも入ってるし、いつも通りのバラエティ豊かなBGM集になっております。
 なんといっても、今回は「この1枚でOK」ってのが素晴らしいですね。「アクエリオンEVOL」を見てる人なら、間違いなく「買い」だと思います。

 前作「創聖のアクエリオン」は結構硬派でヘビーな作品だったところ、その1万2000年後(!)の「アクエリオンEVOL」は随分とヌルい感じで「あれぇ?」と“肩透かし”感もなきにしもあらずだったんですが……物語終盤に来て、ようやく話が重くなってきましたね。
 ジャケット絵にもあるアマタとカグラの関係はどうなってるのか(ミコノとの関係は、あんま気にならなかったりするw)、神話型アクエリオンが地底から復活するのか(動かしたら、せっかく縫い合わせた星がバラバラになるんじゃないかw)、MIXとゼシカは最終的にどうなるのか……どういう結末になるのか、楽しみにしていますよ。

| | コメント (0)

2012年5月14日 (月)

F1 2012 スペインGP

 F1第5戦・スペインGP決勝が昨日行われました。
 “ヨーロッパラウンド”の開幕戦は長いF1シーズン中の“第2の開幕戦”とされているわけですが、今年は前戦バーレーンGPとの間にムジェロでの3日間のテストが設定されたため、より「再スタート」の意味合いが強い一戦となりました。
 予選。ハミルトン(マクラーレン)がQ1でただ1人1分22秒台を出すなど好調で、Q3でも1分21秒707と他を圧倒するタイムを叩き出しましたが……予選終了後、燃料不足でコース上にて停止、 義務づけられている燃料検査ができなかった 「不可抗力の場合を除き、セッション後マシンは自力で走行してパルクフェルメに戻ってこなければならず、車両からは1リッターの燃料サンプルを抽出できる状態でなければならない」という規則に違反したことから予選の記録全てを抹消という重い処分が科されました(追記:停止したハミルトンのマシンから残っていた1.3リッターの燃料が採取されたそうです。ただ、ルールとはいえ、記録抹消されるのはQ3のみにして10番手スタートでも良いのではと思いました。Q3でトップタイムを出したドライバーより、Q3を一切走らないドライバーの方が有利になるってのはどうも、ねぇ)。そのため、ハミルトンは最後尾スタートとなり、Q3で2番手タイムを出した者がPPとなったわけですけど……その2番手タイム(1分22秒285)を出したのは、なんとウィリアムズのマルドナード!ベネズエラ人として初のPP、そしてチームとしてもこの日に開かれた代表フランク・ウィリアムズ(70歳)の誕生パーティに花を添える形となりました(ウィリアムズとしては一昨年のブラジルGP以来のPP獲得)。2番手にはアロンソ(フェラーリ)が入り、これまたびっくり。3番手にグロージャン、4番手にライコネンのロータス勢。5番手にはペレスが入り、小林可夢偉もQ3に進出するなどザウバー勢も好調でしたが、可夢偉はマシントラブルでQ3に出走できず9番手スタート。6番手ニコ・ロズベルグ(メルセデスAMG)、7番手ベッテル(レッドブル)、8番手ミハエルさん(メルセデスAMG)で、Q2敗退したバトン(マクラーレン)が10番手、ウェバー(レッドブル)が11番手、マッサ(フェラーリ)は16番手に沈みました。
 決勝。タイヤは今回ハードとソフトが持ち込まれており、スタートは全車ソフトを選択していたのですが……このソフトが10周とちょっとぐらいしかもたず、多くのマシンが3ストップ作戦をとることとなりました。そして、やはり今回も「タイヤとの戦い」となりまして、アロンソが先頭に立っていたものの、“アンダーカット”の積極的ピット戦略でマルドナードがトップに返り咲き、そのまま逃げ切りました。2位となったアロンソも3位となったライコネンも、手堅いピット戦略がアダとなって前に出ることができず終了。4位はグロージャン、タイヤ戦略が見事にはまってバトンやロズベルグをコーナーでオーバーテイクした小林可夢偉が5位に入りました。6位ベッテル、7位ロズベルグ、8位にハミルトン、9位バトンで、ウェバーは11位。マッサは15位で、ペレスとミハエルさんにセナ(ウィリアムズ)はリタイアでした。
 いやぁ、今回はマルドナードがとにかく素晴らしかったですね。昨年のF1デビュー時からずっとスポンサー資金でシートを買う“ペイドライバー”と揶揄され続けてましたが、初のPP獲得から初優勝ですよ。それも、去年はさんざんだったウィリアムズのマシンで優勝ですか。まさにミラクルですな。「名門」と言われ、かつては無敵だった時代もありましたが、ウィリアムズチームの優勝は2004年第18戦ブラジルGPのファン・パブロ・モントーヤ以来で実に7年半ぶりとか。本当によかったですね……と思ってたら、レース終了後にセナのマシンが爆発したとかなんとかで負傷者が出る/機材が全部壊れるなど大変なことになっているみたいです。なんでまたこういうことになるんだか、「名門」復活に水を差すようなことにならなければ良いのですが。
 あと、小林可夢偉も今GPはとても良かったですね。本人曰く「予選の不運がなければ表彰台も可能だった気がする」そうですが、マルドナードが勝ち、またマクラーレンやレッドブルが不調だったことから、もっと上位からスタートしていたら事実表彰台に立てていたかもしれませんな。ただ、川井ちゃんがコメントしていたようにザウバーC31はストレートスピードが相当遅いようなので……安定して速いロータス勢の前に出るのは難しかったかも?しかし、次は最低速のモナコですから、期待して良いかもしれません。モナコはドライバーズサーキットですし、ここでうまくやったら、もしかしてもしかするかも?

 第1戦がマクラーレンのバトン、第2戦がフェラーリのアロンソ、第3戦がメルセデスAMGのロズベルグ、第4戦がレッドブルのベッテル。そして、今回の第5戦がウィリアムズのマルドナードとなり、開幕5戦の勝利チーム/勝者が全て違うという結果となりました。開幕5戦で勝利チーム/勝者が全て違うというのは1983年シーズン(第1戦:ブラバムのネルソン・ピケ/第2戦:マクラーレンのジョン・フォード/第3戦:ルノーのアラン・プロスト/第4戦:フェラーリのパトリック・タンベイ/第5戦ウィリアムズのケケ・ロズベルグ)以来29年ぶりのことだそうです。
 ハミルトンの降格という不運もありましたがバトンの不調を見るとマクラーレンも盤石ではないですし、「1強復活か」とも言われていたレッドブルもウェバーがノーポイントと状況は未だ深刻。解説で言ってましたが戦っている側は「勝因も敗因もわからん」という暗中模索から抜け出せない状態なのかもしれませんけれども……見ている側としては、こんな面白いシーズンはないですねw。マクラーレンもレッドブルもイマイチで、安定してるのは現状ロータスだけ、当たればメルセデスAMGやフェラーリ(アロンソ)が表彰台に入ってきて、ザウバーも表彰台を狙えそう、ウィリアムズでさえも優勝を狙える、入賞に至ってはどこの誰が入るか全く不明……こんな大混戦は、本当に久しぶりです。
 まぁ、この状況は「ピレリタイヤによってある意味人為的に引き起こされているだけ」というのもわかってはいるのですが、ここまで先が見通せないことによるワクワク感というのはF1では久しくなかったことです。BSアンテナを設置してまで試聴できるようにした甲斐があったってもんですよ。
 次は伝統の一戦、モナコGPですね。楽しみですわ。

| | コメント (0)

2012年5月 6日 (日)

エネルギー政策の破綻と責任の取り方

 日本で唯一稼働していた北海道電力泊原発3号機が、定期検査のため運転停止しました。これにより、日本国内にある商業用原子炉50基全てが運転を停止、この国で稼働している原子炉はなくなりました。原子力による発電量が0になるのは実に42年ぶりとか。
 「反原発」を叫ぶ人たちはデモとかやって大喜びです。今は気候が温暖ですから消費電力量は少なく、原子力での発電分がなくても火力を全力で回せば電力不足には陥らないですしね。「電力は足りているじゃないか!」「電力不足なんて嘘だ!大嘘だ!!」と。ええ、その通りですよ。今はね。
 しかし、日本にとって必要な電力(年間約1兆kwh)の3分の1を賄ってきた原子力発電分の電力が、これでまるまる消えてしまったわけです。それも、最も安定大出力の発電機が50基全部使えず放置されるわけですから、まぁ、普通に考えても大変なことだとわかりますよね(核燃料の安全性の観点からすれば、より危険となったとも考え得る)。なのに、原子力の代替となるエネルギー源は、福島第一原子力発電所事故発生から1年と2ヶ月もの間騒ぎ続けたというのに結局なにもありませんでしたし、当然電力会社以外の人間が代替電源を用意したりもしませんでした(非常用発電機の設置とかは除く)。現状は何とか各電力会社が火力発電で凌いでいるって状況のはずですが、政府もマスメディアもネットでも今なお連日電力会社を非難し続けています。その間も平気で電力を使い続け、私たちはひたすら文句だけ言い続けて、毎日暮らしています。
 そんな中、電力使用量がピークとなる暑い夏が、また今年もやってきます。
 この夏は、どうするんですか?また「節電」ですか。
 もちろん、原発に反対している人たちは何も言いません。あの人たちには「対応策」など頭の中にも一切ありませんから。大好きな「節電」だって、しているんだかどうなんだか怪しいもんです。
 この点、政府は今回、一応最も需給状況が逼迫する関西電力の大飯原発3号機4号機(※どちらも1990年代運転開始で、関西電力の原子炉の中では最新式。出力も最も大きい118万kW)の再稼働を必要と認め、手続を進めようとはしました。にも関わらず、担当大臣である枝野幸男経産大臣が政府方針に反する言動を繰り返しては撤回する(いつもの)民主党政権の自滅パターンで話をおかしくしてくれまして、結局再稼働に至らずに原子炉運転全停止と相成りました。国政の総責任者たる野田首相がどういう考えなのかは、はっきりとはわかりません。あやふやなまま今日を迎え、その上全原子炉停止という事態に対する政府の見解もよくわかりませんな。
 ただ、今回再稼働に至らなかった理由は、必ずしも(いつもの)民主党の失態だけではなかったりします。主たる原因は、電力が不足して困るはずの関西電力管内の自治体、私も住む関西の自治体の長たちが、こぞって大飯原発の再稼働に反対したことにあります。大飯原発の地元自治体の長・西川一誠福井県知事が明確に反対したというのならまだわかるのですが、そうではなく、“原発銀座”福井で発電した電力の最大消費地である橋下徹大阪市長が中心となって、松井一郎大阪府知事、山田啓二京都府知事、嘉田由紀子滋賀県知事らが「安全が確保されていないのに再稼働はおかしい」とそれぞれ国に要求を突きつけ、政府に自治体が楯突く形で再稼働手続を止めてしまったのです。
 私は原子力政策というものは国がその責任で独断にて決めるものと思っていました。実際、地元の意向など関係なく菅直人前首相は中部電力浜岡原発の停止を中部電力に「要請」(事実上の命令)したではありませんか。ならば再稼働だって地元の意向など無視し、少なくとも「要請」ならできると思っていたのですが……「原子炉稼働には地元の理解が必要」ということを理由に、今度は「地元」ですらない周辺自治体=大飯原発の電力を使わせてもらっているだけの側が再稼働に対して文句を言ったわけです。「そんな言い方するなら、動かすのやめるよ」ってスネる政府というのもあまりに情けないわけですが、見方を変えればそうやって原発再稼働という(できることならやりたくない)手続から国が逃げる口実を、市長や知事が与えてしまったのです。そして、電力消費地の代表が「原発の再稼働をさせない」と言ったのですから、それはすなわち「夏の電力は不足しても構わない」と言ったのです。事実、橋下市長は「計画停電もあり得ると腹を決めれば、 電力供給体制を変えられる」との考えを表明しています。
 これでは仕方ないですよね。電力が不足するのは承知で「再稼働させない」と言ったのですから、本当に不足したら停電するしか。枝野大臣は、早速、関西電力管内の計画停電の用意を進める方針を示しました。責任者による「責任転嫁」という名の逃げ口上なんですけど(言う人に言わせると、これは「恫喝」だそうです。「陰謀」「恫喝」……ごちゃごちゃ口だけ達者な“言うだけ番長”って好きですよね、こういう言葉が。「普段あんたらがしてることそのものだろ」と言い返してやりたいわ)、それも仕方ないといえば仕方ありません。情けない担当大臣サマに、そういうことを言う口実を与えたのは上記の住民代表サマたちなんですからね。
 そしたら、その住民代表の方は何と言ったか。大阪府市統合本部のエネルギー戦略会議で、橋下市長や松井知事が選任した特別参与らは関西電力に対し「大飯原発再稼働で電力不足は乗り切れると思っているのに、おかしい」(河合弘之特別参与)「(休止中の火力発電所の稼働について、安全上の問題があると難色を示したことに対し)企業努力が足りない、電力の安定供給責任を果たしているのか」(村上憲郎特別参与)と怒鳴ったそうです。
 たしかに、関西電力も今春の再稼働を念頭に置いてた割に「大飯原発に免震事務棟やフィルター付きベント装置を設置するのは3年後までに」とか言っちゃうわけで、明らかに準備不足な点はありますし(例の意味不明な“ストレステスト”実施のせいで、テスト中は施設に手をつけられなかった可能性もありますが。専門家ではないので現実はわかりません。私は、免震事務棟を建設、完成が不可能ならせめて建設着手くらいはしておくべきだったと考えます)、その点を批判するのはもっともです。
 しかし、関西電力には大飯原発に今回の3号機/4号機の他に1号機と2号機が、あと美浜に3つ/高浜に4つの原子炉があるのですが(合計出力976.8万kw)、そのうちの2つ(出力236万kw)動かしただけで「電力不足は乗り切れると思っている」とか、火力発電というのは常時稼働が難しいと新聞にも書いてあるし休眠火力発電所は整備でさえカネも時間もかかるのに今になって「企業努力が足りない」のなんのってね……そんな理不尽なクレームは素人でも思い付きませんよ。戦略を練る人間が「素人未満」って、それでも税金から給料もらえるなんて“パラダイス”ですね、大阪府市って。その上、安定供給を阻害してでも計画停電してでも再稼働手続を止めるというのが大阪府市代表の方針なのに、会議の特別参与ごときが「(電気事業法上の)電力の安定供給責任を果たしているのか」ですって?そんなこと言える立場?配下であればそれこそ職務命令違反ですし、府市と独立の立場であればその言葉は言う相手が違う。関電ではなく市長に「関電に安定供給責任を果たさせろ」と言うべきなのに、そうはしない。
 つまり、「夏の電力は不足しても構わない」と政府には言い放っておきながら、彼らは「電力が足りなくなるのは関西電力のせいだ」と言っているに過ぎません。さらに、エネルギー戦略会議の別メンバーである飯田哲也氏(この方はNHKの討論番組で何度かお見かけしました。自然エネルギー派の急先鋒ですよね。聞きましたよ、番組内での主張は全て)は、関西電力に対する不満を表明した上でこうも語っています。「停電を脅しに使って、仙石、枝野氏がいわば橋下さんにやくざの言い掛かりのように、(大飯再稼働を)やらなければ停電は橋下のせいだという世論誘導しようとしている」と……関西電力のみならず、停電は政府のせいだと。どっかの民間研究所所長サマが、政府要人を“やくざ”呼ばわりの上に、その人達に脅されて世論誘導されてるとまで言ってのけるとはね。ホントに偉いんでしょうね、この人。たぶん国内では内閣総理大臣よりも偉いんでしょうな。「責任転嫁」に「責任転嫁」で対抗する人間というのは、ひと味もふた味も違いますよ。自らの責任は全て棚に上げてそれで許されるのですから。
 これが、私たちの選んだ代表(とその配下)です。少なくとも大阪府と大阪市の長は、昨年秋に決めたばかり<こちらの記事参照>。彼らは「脱原発」を公約に掲げていました。それでも選んだ以上、選んだ住民には責任があります。
 ここまで言うんですもの。夏のピーク時に電力が足りなければ、関西は停電するのが当たり前ですよね。「再稼働反対」を支持し続けた住民は、文句を言わず、従ってもらうしかありません。
 言ってましたよね、市民は「原発がなくなるなら、多少不便な暮らしはガマンする」とか「経済よりも安全優先」とか何とか、偉そうなことをさんざん。そして、そういう主張を否定もしなかった。それどころか朝日新聞の調査では実に77%もの人が「計画停電もやむなし」とか。その気持ちを、実践するときがついにきたってことですよ。まさかとは思うのですが、そうヒステリックに言い続けてきたのに、ここにきて「電力会社には安定供給する義務がある!停電させない義務がある!」などと口走ったりしませんよね?原子力発電に反対、原子炉再稼働に反対なんですよね?そうですよね?なら、やりましょう、停電。
 もちろん、最も再稼働に否定的態度を明確にし、関西電力の筆頭株主として株主総会にて株主提案を出すとも言われている大阪市は、特に電気を使わないでいただきたいですな。当然でしょう、住民が直接選んだ人があれだけ頑張ったんですから。その責任は取っていただかないと。どうせなら、全面停電していただければ他の関西電力管内の職場や住民はだいぶ救われるんですけど、そこまで言うのも何ですので……そうですな、関西電力の原発依存率に合わせて50%減でいいですよ。早急な脱原発を望んでいるのですから電力供給量半減、それぐらいしてくれてもいいんじゃないですか。あと、京都市と神戸市も株主総会で提案するんでしたっけ?では、京都市内と神戸市内も率先して停電してくださいな。ああ、京都は府も原発再稼働反対でしたか。京都府民は滋賀県民といっしょにしっかり責任取ってくださいよ。あなたたち住民が選挙で選んで、リコールもせずに勝手なことを言わせ続けた結果なのですから。「責任を取る」って、そういうことでしょう。実行あるのみです。
 は?「生活が成り立たない」?「経済が成り立たない」?「暑さで死ぬかもしれない」?「病院はどうする、患者が本当に死ぬぞ」?そんなこと当然わかってて言ってたんでしょう、「原発再稼働反対」って。責任取りましょうよ。責任取れないなら、どうして「再稼働反対」って言ってる長たちに何も言わないんです?なぜ投票したんです?
 私も関西に住んでいるわけで、「より停電すべき」地域に大きく関わる生活ですし、関西の酷暑+停電となれば本当に命がないかもしれませんから(※ふざけているわけでも煽っているわけでもありません。今年の秋を迎えられない可能性は大いにあります。体は弱いし、上記の偉い人たちみたいにエアコンつけっぱなしではいられないはずですからね)、この際はっきり言わせてもらいますよ。原発に半分も発電を依存していながら、この1年ちょっと、大して準備もせずに文句だけ言い続けてたツケが私たちに回ってきたってことです。それでもなお再稼働反対して、電力足りないのに再稼働しないんでしょ?させたくないんでしょ?ならば電力を食う工場なんて動かなくて当然だし、オフィスビルだって巨大マンションだって止まって当然です。個別の日々の生活が回らなくなるのも当然、計画停電により生活の安全が脅かされたとしても当然の結果です。それが私たちの選択なのです。イヤなら再稼働するしかないのにそれをしない、火力増強分のコスト負担(電気料金上昇)もイヤなんでしょう?だったら、その結果を黙って受け入れるのも当然ではありませんか。国のせいでも関西電力のせいでもなく、自ら選択した私たちにもはや「停電回避」などと言う資格はないのです。先のエネルギー戦略会議で「死んでおわびするのか」と関西電力側に怒鳴った人がいたようですが(※関西電力はずっと外部を巻き込む事故を起こさず今も電気を供給し続けています。職員も経営陣も死ぬ必要など全くありませんよ?にもかかわらず、人の命に関わる暴言……これを「恫喝」といわずして何を「恫喝」というのでしょう)、仮に誰か死ぬとしたら上記のとっても偉い人たちではなく、私たち住民が先でしょう。でも、それも選んだ道、仕方ありません。さらに文句を言い重ねられる立場にありませんから。本当は、死ぬなら上記の無責任極まりない責任者たちが先だと思うんですけど……そうではないのが世の中ですよね。
 ま、ここに挙げた人たちの名前、私は忘れませんよ。後世に「原発を葬った賢人たち」と名を残すんですかね、彼らは。いいですな、無責任の極みの“文句たれ”が賢人ですか。時代は変わりましたね、本当に。

 私が大飯原発再稼働問題に直接関係する関西電力管内の住民のため、今回は関西地方についてのみ重点的に書きましたが、この話は日本全体に共通しています。
 原子力再稼働に反対するということは日本のエネルギー政策に反対することであり、それをし続けた結果国内の原子炉が全て止まったわけですから、今日をもって「日本の国としてのエネルギー政策は破綻した」と言っても過言ではないです。国としてなすべきをなさず対案もなく指針すらなくなったわけですから、「手遅れ」に一歩を踏み込んでしまいました。沖縄基地問題なんかと同じですね。また一時の感情にまかせて日本を壊してしまいましたよ。
 その責任は、もちろん「何も決められない民主党政権」にもありますが、身勝手な文句ばかりを言い続け、文句と決められない政治を許した主権者たる私たちにあります。
 電気の調達すらままならない日本などという愚かな国から大規模工場がなくなって失業者が溢れようとどうなろうと、私たちが選択したのです。今も聞こえるでしょう?反原発を叫ぶ人たちの歓喜の声が。「脱原発」のかけ声が。「放射能はいやだ」の声が。「東京電力は潰れろ」「電力会社は悪だ」の声が。
 そういう身勝手かつ無責任極まりない声がいつまで経ってもなくならず否定もしないのですから、私たち主権者たる国民は責任を取るべきです。この場合の責任の取り方とは、停電を受け入れその結果をも受け入れることですよ。そして、同じ国民から発せられた身勝手から来る痛みを、その身で直に感じるしかない。それがたとえ破滅を意味することであったとしても。

 それが「イヤだ」と思ったら「イヤだ」と言うのなら、ただの身勝手とは違う声を上げるしかありません。それも大きく。ただし、タダの文句に留まるようでは「反原発」と何も変わりません。
 この国の政治家はほぼ全員が「脱原発」で、「反原発」に屈しました。残念ながら全滅です(※補注:語弊がある表現ですが、「全員が社会主義者に屈した」という意味では決してありません。前にも書きましたが、今の政治家は自己保身しかしないために、自身が原子力発電というものをどう考えているかに関係なく「脱原発」という言葉に逃げ込んでいます。したがって、「原発再稼働を合理的に主張したとしても、“脱原発”に逃げる政治家にはもはや全く期待できない」という意味です。ただし、仮に再稼働容認の声が大勢を占めるようになったら、彼らは即座に寝返りますよ。自己保身のためにね)。
 ならば、私たち主権者が、自身で、より大きな声を、それも文句ではなく理を伴った主張を出し、実行に移すまでに至る……それしかないですよ。
 答えは必ずしもひとつではありません。これが残されたもうひとつの責任の取り方じゃないですかね。

| | コメント (2)

2012年5月 3日 (木)

憲法を改正するということ

 今日は憲法記念日です。
 日経・テレビ東京共同の世論調査によると、現行憲法を「改正すべき」と回答した人が53%と過半数を超え、「現在のままでよい」の33%を大きく上回ったとか。
 私も、現行憲法の改正については、基本的に積極派です。法規範というものは社会の変化に即して変えていくべきであり、憲法といえども“不磨の大典”とすべきではないというのがその理由です。ただし、あくまで「改正する必要があるならば改正するべき」と言っているだけであって、必要がないにも関わらず「替えなければならない」と言っているのではありません。ましてや、何らかの政治的意図をもって改悪するようなことがあってはなりません。法律ならいざしらず、憲法となると改悪の影響は甚大だからです。
 では、「改正の必要がある」とはどういうことか、「改悪」とはどういうことなのか、先日発表された自由民主党の日本国憲法改正憲法草案<自民党公式サイトで配布中。PDF形式>を例に挙げて、私なりの考え方を書いてみようと思います。

 自民党は憲法改正に積極的な党ですが、その理由は「自主憲法制定」という点にあります。現行憲法は占領下においてGHQに押しつけられたものであり、主権国家として日本国民自らが自主的に憲法を制定すべきであると主張しています。そのため、草案も条文の一部を改正するだけではなく全面改正を目論む意欲的なものとなっています。
 改正は当然前文にも及んでいます(※判例通説では前文にも法規範性があるとされており、前文はただの宣言文とは違い重要な意味を持つ文なのです)が……草案は、ここからいきなり怪しげ。まず、とにかく短い。現行憲法の前文が長すぎるというのもあるのでしょうが、ほぼ半減とは……しかも、省いた文が主に国民主権の説明でして、「そもそも国政は~これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」に相当する文が存在しません。これでは憲法の最高法規性をも大きく弱めかねないですな。自衛隊の基地訴訟などでややこしい争点となった平和的生存権(「ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」)関連の文を消し去るというのは9条改正問題からも理解できないでもないのですが、近代憲法の柱の一つである国民主権を弱めた挙げ句、代わりに「天皇を戴く」とか「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成」とか全体主義にも結びつきかねない表現を盛るというのは如何なものですかね。
 第一章は変わらず「天皇」で、1条で天皇は元首であると宣言し(現行憲法下では国家元首は不明。最も近いのは内閣総理大臣とされています。4条と7条参照)、3条では国旗を日章旗/国歌を君が代とし、国民に尊重義務を課しています。4条も元号を定める新設条文になっている割に、5条6条が削除になってたり、なんかちぐはぐな感じもありますが……まぁ、言うほど悪くはないかと。国旗国歌の扱いには争いがありますけど、私はこれでも構わないですわ。象徴天皇制であることを明記していますし(1条)、国事行為も限定されてますし(6条2項)、自民党案はもっと天皇主権的になるかと思ったらそうでもないですな。
 第二章は「戦争の放棄」から「安全保障」となり、9条は大幅に変更、さらに9条の2で国防軍、9条の3で国は領土領海領空を保全し資源を確保せよと明記しています。ま、交戦権を認めて明確な軍を保有し、国土は自軍で守るんだと世界に宣言するってことですかね。今回の草案でここが世間的に一番の争点になることは間違いなさそうですが……私は、ここも結構妥当だなと思いました。自衛隊をいきなり国防軍に昇格させるというのはどうかとも思うのですけど、自衛隊を憲法上の国家組織として認めるとなるとあれだけの装備を持つ組織ですからね、「国防軍」としてしまった方がすっきりするといえばします。兵器を持っていて、不審船が領海内にいれば実際撃沈したんだし、国防の観点から現状ではもはや交戦権を認めないわけにはいかないし、「交戦権があるなら、それは軍でしょ」と。ただ、こうもはっきり宣言してしまうと日米安保条約の改正は必須となってしまうでしょうな。たとえ自民党が政権に返り咲いたとしても、今の日本政府でそんな交渉ができるのかどうか……はなはだ疑問ですけど。それはそれ、ですかね。個人的には自衛隊を憲法に明記すればそれで足りるかなと思っていますが(他国との交戦は、条約でアメリカ軍に任せる、みたいな形で今まで同様あやふやにしといても良いと思う)、今回の草案も、案としては悪くないですよ。もちろん、内容についてしっかりした議論そして必要な修正は必須ですけどね。
 第三章は表題は変わらず「国民の権利及び義務」なのですが……私は、今回の草案で一番問題なのはここだと思います。条文構成は大きく変わっておらず、消滅した権利はありません。また15条3項に「日本国籍を有する」という一文が加えられて公務員選挙における外国人参政権を明確に否定、個人情報の不当取得禁止(19条の2)/国の国政説明義務(21条の2)/環境保全義務(25条の2)/在外国民の保護義務(25条の3)に犯罪被害者とその家族への配慮義務(25条の4)/知的財産権の配慮義務(29条2項)が新設されています。ただ、一方で国民の権利は増えてもいません。判例上既に確立しているプライバシー権や知る権利の明文化もされていませんし、これだけ多様化した社会で1つとして新しい権利が増えないというのも疑問なのですが……問題点は他にあります。草案では国民の権利保障が何かにつけ弱められているのです。最も端的に表れているのが19条。現行憲法が「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」としているのに対して草案は「思想及び良心の自由は保障する」としています。「変わらないじゃないか」と思うかもしれませんが、これ、全く違います。現行憲法は「侵してはならない」と特別な表現を使っていることから思想信条の自由は絶対的保障とするのが通説で、「個人が内心何を思おうと国家は一切手出しできない」と解釈されます。が、単に「保障する」となると、「保障はするよ、でも場合によるからね。(内在的)制約はあるから、その場合は別ね」という意味になります(自民党は「そんなつもりはない」と言うのでしょうが、それならば文言をそのまま使えば良いのです。草案でも他の条文では表現を変えていないものが多々ありますからね)。例えば誰かと話してて相手がおかしなこと言った時に「こいつバカだ」みたいに思っても口には出さないことってありませんか?相手から「内心、俺のことバカだと思ったろ?」と言われても「そんなことない」と笑ってごまかすってことありませんか?それが国家に対しては許されなくなるということです。草案の19条だと「お前、内心○○と思っただろ?内心なら許されると思ってんだろ。ダメなんだよ」と国家が場合によっては言えるようになります。「日の丸君が代を心から尊重しないような奴は罰すべき」「反日分子は罰すべき」などと言っている人からすれば大変好都合な規定にもなりえます。が、それだけでは済みません。お上が「消費税増税に内心反対している奴は人権保障の枠外」「東アジア共同体に内心反対している奴は人権保障の枠外」と言い出すとそれを罰するなんてことにもなりえますし、ひいては「差別意識が内心に存在する奴は人権保障の枠外」なんてなったらどうでしょう?内心がどうなのかなんてものは神様でもない限り証明できません。それでも人権保障の枠外=罰することができる根拠となりうる条文が、文言をちょっといじっただけで憲法に出現するわけです。証明は、不能な以上、不要です。「内心そうなんだろ?」と言われたら、それだけでアウト。人権擁護法案や人権侵害救済法案の意図するところが憲法上に盛り込まれるわけですな。素晴らしいですねぇ、私たちの自由で平穏な生活なんて軽く吹き飛びますわ。他にも、現行憲法上の人権の制約原理である「公共の福祉に反しない限り」がすべての個別条文で「公益及び公の秩序に反しない限り」と変えられていますし(新たな解釈が必要となるってことです。すなわち新しい解釈次第では強力な権利制約原理となり、自由は阻害され大変なことになります)、総則である12条では「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」と書かれています。「国民に勝手は言わせない」という意味にもとれますよね。これでは国民の権利を増やさなかったのは「解釈上認められるので問題ない」ではなく、「あえて増やさなかった」んだと思えますな。国民の自由は今よりも制限すべし、という意図が随所に出ていますから。こういう文章を書くと「この人権かぶれの左翼風情が」と吐き捨てる人もいるのでしょうけど(※私は“サヨク”じゃありませんが)、公明党や社民党共産党が政権についたときのことを考えてみてくださいな(ありえない?なら、今の民主党政権もありえないはずですが?)。彼らに対して文句すらも言えなくなるってことですよ。国家からの自由が保障されているっていかに大事かありがたいか、わかるんじゃありませんかね?
追記:現行憲法では20条1項「……いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」及び89条「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため……これを支出し、又はその利用に供してはならない」とし、いわゆる政教分離を原則としています。が、草案では、20条1項で「……国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない」と「政治上の権力を行使してはならない」の部分が消えており、また89条1項では「公金その他の公の財産は、第20条3項ただし書に規定する場合(=「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないもの」)を除き、宗教的活動を行う組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため支出し、又はその利用に供してはならない」と変えられており、政教分離原則をほとんど破棄しています。これは、今や切っても切れそうにない公明党(=創価学会)への恭順の意……ではなく、主目的は靖国神社問題対策でしょう。「靖国神社に首相が参拝して何が悪い。自国の憲法にだって違反しないんだぞ」と中国や韓国に言うためと思われます。しかし、そんなことのためだけに政教分離原則を捨てるのですか?欧米諸国には「ああ、日本って政教一致にするんだ。イスラム諸国と同類なんだ」と思われることでしょうね。また、公明党や幸福実現党とかいう組織は、これで大手を振って政治活動できますな。統一教会なんかも政党作るかも(そうなったら……あ、自民党から鞍替えする議員も出るか。あら大変)。
 第四章~第八章の統治機構関連は、基本的には変わっていません。政党を憲法上明確に規定(64条の2)/財政の健全性確保を求める(83条2項)/補正予算暫定予算の明文化(86条3項)など細かいところは変えていますが、二院制を維持しており(42条)、内閣総理大臣も国会議員の中から国会が指名する(67条)として首相公選制には踏み込んでいませんし、地方自治も「役割分担を踏まえ」(93条3項)とされ道州制の明示もなく地方分権推進とは読み難いものに留まっています。おおむね妥当だと思うのですが(私は一院制、首相公選制、道州制、いずれも反対ではありませんが時期尚早と考えます。現状では短絡に過ぎ危険だから)、ただ、国会議員とその選挙人の資格に「日本国籍を有する者」と書かれていない(44条)のは解せないんですがね。総則たる15条3項、そして各則たる地方自治に関する94条2項には明記しておきながら、なぜ44条には書かないのか……世界的にも外国人に国政への参政権は認められないとされていますから「書く必要はない」といえばそうですが、書いたらいけないわけでもないですし、大事なことは二度でも三度でも書くのが憲法です(11条とか参照)。明記すべきだと思いますがね。これだと何らかの意図を持って「あえて書かないのでは」とも思われかねないし。
 第九章は「緊急事態」。新設された緊急手続です。これも「安全保障」と同じくらい争点になるでしょうけど、私はここも「案としては悪くない」と思いますね。ニュースで内閣総理大臣や知事が「非常事態を宣言」とか言ってますよね?首相が発するのはさすがに災害対策基本法や警察法などに根拠法があるようですが、知事が言ってるのは根拠法すらない意味不明のものだったりします。そういうあやふやなのはなくすべきですし、憲法上明記しておくことも必要だと私は思いますよ。ただ、細かいところは濫用の恐れがなくなるよう詰めないといけませんが。
 第十章は「改正」。改正手続について発議を「各議員の総議員の過半数の賛成」でよしとした(100条)ところが違うのですが(現行では各議員の総議員の三分の二以上・96条1項)、まぁ、これもいいんじゃないですかね。改正の是非は国民投票で決すべきと思いますし。ただし、「国民の投票において有効投票の過半数の賛成」で足りるとするところは反対ですわ。極端な話「有効投票はたった1票で、それが賛成だと改正OK」というのでは困るのです(有効投票が有権者の1割とかだったとしても、1票で決まってしまうのと似たようなもの。憲法改正手続なのですから、ある程度以上は投票率があってもらわないと)。「有効投票」を「法律の定める最低投票率を満たしたもの」と解するようにすれば問題ないといえば問題ないけど、とにかく憲法改正についての国民投票には必ず最低投票率制度を設けてもらいたいですね。そして、法律に委任せず憲法上「過半数」を定義するのであれば、最低投票率の定めがあることを明記していただきたい。
 第十一章は「最高法規」になり、「補則」はなくなりました。基本となる101条は現行98条とさして変わっていないのですが、現行97条に相当する条文はありません。前文同様に最高法規性を弱めているようにとれますな。そして、102条1項で国民に憲法尊重義務を課しました。現行憲法では国民に尊重義務はありません。また、義務対象から天皇と摂政を外し、公務員から尊重義務を外して擁護義務のみを課しています。現行憲法は「国民が制定し、国家に課したもの」という体裁をとっているため国民が尊重擁護するのは当然であり義務はないと解されていますが、この草案はそうではないということですな。では、今回の憲法草案とは誰がどうするための規範なのですかね?

 今回の自民党の日本国憲法改正憲法草案は、あくまで「草案」です。これが発議されるにあたっては国会の修正協議を経ることになりますから、仮に自民党が単独で政権に返り咲くことがあったとしても(ないでしょうけどね。これだけのものをぶち上げてもマスメディアや多くの国民からはスルーされ、国政とは直接関係ない大阪市長が「参議院なくす」「9条改正する」って言ってみただけの方がよっぽど話題になる現状ではね。ま、この草案見て喜んでるのは日の丸をオモチャにしてるような人たちだけで、アンチコメントすら出てこないってのが今の自民党の立ち位置を物語ってますな。日頃の行いで失望されちゃって、世間一般はその動向に関心すらないんですよ。ああ、みんなの党とかたちあがれなんちゃらなんて、完全スルーですよね。あれもよく物語ってるなぁ)、このままの内容で私たち日本国民が賛否を問われることはないと思われます。
 しかし、もしこのままの前文条文で改正することにYesかNoかといわれたら、私はNoを選択しますね。最大の争点になるであろう「安全保障」「緊急事態」に関してはこのままでも良いかなと思います。けれども、草案の権利規定は私たちの今の生活を大きく脅かすものとなりえます。少なくとも、19条の文言を現行から変える必要はありません。それを変えるということは、上記の通り極めて危険なことです。国家が個人の内心にまで関与する権限を私たち主権者の手で与えてしまうというのは、自分で自分の首を絞めているのと同じ。あまりにも国民が身勝手に権利を主張し傍若無人になってしまったという問題意識は私も強く有していますが、だからといって個人の内心にまで国家を踏み込ませることは認められるものではありません。国民の身勝手を抑えたいのなら、19条ではなく、表現の自由とか他の個別規定なり法律なりで対処すれば良いのです。実際、草案21条2項では結社の自由を制限していますしね。
 また、そもそもなぜ憲法を今全面改正しなければならないのかということも極めて疑問です。最高法規性を弱め、国民の権利を弱めて義務を強化しようとする意図が読み取れる以上、改正の本当の目的は「国民が制定し、国家に課した」憲法ではなく「国家が制定し、国民に課した」憲法に戻し、かつ「憲法に書いてあるからって権利主張できると思うなよ」って体制に戻したいだけなのではないか、と思えてなりません。この国の改憲論者、特に自民党は「自主制定」を標榜していますが、その制定の主体は誰かという点で「国家」と考えてそうな人が多いですな。「国民」ではないんですよね。そして「自主」とは、「アメリカ」に対する「自主」を指しています。ですが、はたして私たち日本国民はアメリカ合衆国に反抗するために今を生きているのでしょうか?太平洋戦争敗戦から70年近く経ちましたが、日本という国家はまだ“親”(アメリカ)に反抗する子供でしかないのでしょうか?もう違うのではありませんか。私たち国民は、わが国を「アメリカの属国だ」なんて思っていないでしょう(思ってます?)。過去の戦争体験から脱却し、いい加減「国民主権」ってものをきちんと理解すべきじゃないですかね。だいたい、現行憲法だってGHQは原案を作っただけで、当時の日本の国会議員(今の国会議員など比較にならないほど“国士”たる人たちです。覚悟が全く違います)が懸命に修正協議をした上で可決手続を経て作り上げたもの。本当に現行憲法は「押しつけ」なのか誰に対しての「押しつけ」なのか今一度考え直してもらいたいですし、その憲法より新憲法が内容的に後退したとしたら、私たちは戦後何十年もかけて一体何をしてきたのか……主権者としての自覚をもって今の憲法について真剣に考えないのならば、それこそ先人達に申し訳ないですよ。今の日本における国家の主体は、どんな時もどんな場合でも私たち主権者たる国民でなければならないのです。今の日本国は政治家のものではありません。「下々はお上の言うことに逆らうな」は今さら通用しませんし、通用させてはなりません。当然外国人のものでもなく、あくまで一般的な日本国民1人1人のものです。政治家なんてのは、私たち国民を代表しているただの代理人でしかない。事実、彼らの好きにやらせて良いことなんてなかったでしょう?彼らは「官僚支配打破」とか都合の良いことばかり言い続けておきながら、実際は官僚に頼るしかないみっともない姿を見続けてきたでしょう?あんな連中に頼り、さらにあんな連中にかつての大日本帝国のような強権を与えて何になりますか。そしてやることと言ったら、私たちの生活はおろか、内心にまで入り込んでくるだなんて冗談じゃないですよ。北朝鮮みたいな権力者の都合のための思想統制だなんてまっぴらごめんですから。誰のための政治です?上に立つ政治家のためどころか、今まで以上に「差別」「平等」「差別」「平等」と叫んで逆差別を仕掛けてくる連中(ごく一部の日本国民と国民ですらない一部の連中)のためだけの政治になるかもしれないけど、それで本当に良いんですか?
 私は嫌ですね。だから、草案そのままならNoです。少なくとも前文と第三章は修正せよ(新しい人権を認めないのなら、第三章は現行のまま文言を変更しなければそれで済みますよ)、改悪するぐらいなら改正などするな、それが今回の自民党の草案に対する私の考えです。

 憲法も必要なところは現状にあった形に替えていく必要はあります。しかし、替える必要がないことまで替えてしまったら大変なことになります。
 そのバランスをどう取るのかは、私たち主権者たる国民個人個人が判断し表明していくしかありません。
 どう考えるかは自由です。賛成するのも反対するのも自由です。ですが、政治家やマスメディアやネット上のつまらない扇動に煽られることなく、私たち国民は冷静に判断しなければなりません。今の社会は、誰も守ってくれませんからね。とにかく、自分の頭でしっかり考えることですよ。最後に責任を取らされるのは、私たち1人1人なのですから。

| | コメント (0)

2012年5月 2日 (水)

Bleumer的簡易シアター 2012 ~その2

その1からの続き>
 気づいたらうちにあったのは、ヤマハのRX-A1010メーカーページ>。

A1010
ヤマハAVアンプの上級シリーズ「AVENTAGE」の一番下のモデル(ややこしいw)で、7.1chアンプです。なんでこれがうちにあるかというと……安かったからですな、たぶん。推測するに、「うお、安い!」→「うーん」→(気絶)→以後不明→「あれ?」……という例のパターンだったんでしょう、たぶん。
 ま、それはともかく、この機種に目をつけていたのは確かです。その理由は、
○実売10万円弱ぐらい
○S映像入力端子装備
○フロントバイアンプ対応
○ネットワーク対応

「実売10万円弱」ってのは、予算の都合。「そのぐらいが限度かな」と。S映像入力端子ってのは不要といえば不要なんですけど、AVアンプってのはAVセンターでして、AV機器を一通り全部繋げてモニターやスピーカーへの出力を一手に引き受けることになります。となると、うちにあるS-VHSデッキやLDプレーヤーとの接続も考慮しておく必要があり、特にS-VHSデッキだとコンポジット端子ではなくS端子で繋ぎたいので、せっかく買うなら「S映像入力端子装備」を考えていました。「フロントバイアンプ対応」というのは、今回AVアンプを買うのはメインスピーカーであるB&W DM601 S2(※バイアンプ/バイワイヤリング対応)を十分に駆動するためですし、自室は狭く5.0chあれば十分なので、「ならば、バイアンプにしてみよう!」ってことですな。「ネットワーク対応」は、うちにはミュージックライブラリが入ったiPhone4S/iPad2があるので、どーせならそれらをAVアンプに流して音を出してみたいと思ったからです。
 「実売10万円弱」ってところでオンキヨーのTX-NA709とかパイオニアのVSA-LX55とかデノンのAVR-3312とかが候補になってたんですが、「S映像入力端子装備」でVSA-LX55が脱落、「ネットワーク対応」の点で不具合報告の多いAVR-3312やiOSのライブラリ曲を無線LAN経由では再生できないTX-NA709が脱落って感じになりまして、結果RX-A1010は有力候補だったわけです。ただ、私はヤマハのプレーヤーやスピーカーは使ったことがあるんですけど、アンプは使ったことがなく、以前のヤマハは今ほどピュア用アンプに力を入れてなかったことから音の傾向とかも知らないので、「大丈夫なんかいな?」というのはありました。ネットではヤマハのAVアンプは「DSP頼りで音質的にはたいしたことない」みたいな評価が一般的ですし、情報サイトを見ても現フラッグシップのA3010やA2010は良いけど、A1010は「一段落ちる」みたいな記事しかなく……日本橋とかに試聴に行けば良かったんですが、仮に試聴したとしてもAVアンプはピュア用アンプと違って試聴環境がきっちり整っているわけではなかったりするし(映画なんて見せられたって、音質評価なんてできませんわ)、「買うのはボーナスシーズン」って考えてたこともあって時間もとれなかったですからね、実際。突然安くなってたりしたので、「ええい、買っちゃえ」とキレたあたりで記憶が吹き飛んだよーな?、たぶん。
 そんなこんなで、気づいたらうちにRX-A1010があったために(しつこい?)、セッティングしてみまして、自室の環境はこうなりました。
■アンプ:ヤマハ RX-A1010
■メインSP:B&W DM601 S2(バイアンプドライブ)
■センターSP:デノン SC-C33SG
■サラウンドSP:デノン SC-A33SG
■サブウーファー:なし

以前メインを張っていたSC-A33SGはサラウンドスピーカーになり、D-11XMはD-057FXC共々引退しました(もしサラウンドバックを配置する場合は、D-11XMを使う予定。6.0chだったら、D-057FXCを使うのもアリですな)。
 で、肝心の音ですが……全体的に骨太になりました。最近ネットでは「アンプで音は変わらない」という説が流れたりしてるようですが、出てくる音はかなり変わりましたわ(いくらなんでも、「アンプで音が変わらない」ってことは経験則上ないと私は思いますけどね。例えば“ドンシャリ”代表のデノンと“スカキン”代表マランツのピュア用アンプの音を同じスピーカーで聴き比べて「同じだ」と判断されるなら、たしかに「変わらない」と言えるでしょうけど……ま、そう感じる人がいてもおかしくはないので、判断はお任せします)。チャンネルあたり実用最大出力30W(6Ω)のSA-205HDと、同じくチャンネルあたりの実用最大出力170W(6Ω)のRX-A1010を比較していいのかって気もしますが、その30WでB&W DM601 S2のツイータ/ウーファー両方を駆動していたのと170Wでツイータ/170Wでウーファーを独立駆動しているのとでは違いが出る方がむしろ自然だと思います。大出力にて独立駆動することで、ツイータもウーファーも生き生きと仕事をするようになった感じです。サブウーファーなしのセッティングなので、メインスピーカーのウーファーユニットに低域全てを任せるのはSA-205HDもRX-A1010も同じなんですけど、RX-A1010で鳴らしている時はDM601 S2のケブラー・ コーンウーファーがよりサブウーファー的役割を果たしているのがわかるようになりました。ツイータ側の駆動力も増した分、解像感も増し、より細かいところまでハキハキと再現してくれるようになりましたし、サラウンドスピーカーがSC-A33SGになったことでこちらも低音が強化され、5チャンネルで鳴らすとSA-205HDのときと同じボリュームレンジでも音圧が相当強くなったように感じます(※ただし、全チャンネルとも低音が妙に強調されているといった感じはない)。センタースピーカーもより太い音を出すようになったし、DM601 S2とのコンビネーションも悪くないと思います。絶対的な音質ってのは他のメーカーのアンプや上位機種との聴き比べもしていないし正直わからんのですが、音楽再生であっても普通のボーカル曲であれば結構な再生能力のアンプじゃないかな、と。全域の解像重視といった感じではなさそう(ピュアシステムの音と比べると、高音域が少し弱いかも?)なのでクラシック等には向かないかもしれませんが……少なくとも、高価ではないスピーカーをビジュアル用に駆動させる中級AVアンプらしい用途であれば十二分の能力だと思いましたね、私は。
 また、RX-A1010に替えて一番良かったのは、iOSアプリ(※Android版もある)「AV CONTROLLER」が使えるようになったことですな。これをiPadで使うことの快感ときたら、もう……

Img_0011
日常的に使う機能はほとんどiPad上でコントロールできてしまう(※細かい設定とかはリモコンで直接操作する必要あり)上に、iPad内のライブラリ曲/アルバム/プレイリストを呼び出してRX-A1010から音を出力できちゃうし、先日のアップデートでiPadにバックグラウンド処理させることもできるようになりました(以前は他のアプリを起動すると音楽再生も止まってしまっていたんですが、アップデート後はRX-A1010にiPad内の音楽を再生させながら、Safariで閲覧したり、Twitterでつぶやくとか別の作業もできるようになった)。LANさえ構築できてしまえば(無線ルーターがあればLANケーブルで結ぶだけで完了ですが)、DLNAでPC内の楽曲データを再生することもできるし(WAV・MP3・WMA・AAC・FLACに対応。ATRACはダメだけど、対応ファイルであればウォークマンのライブラリもデジタルのまま送り込める)、ネットワーク上のエラーも今のところ一度も出ていませんし。RX-A1010のネットワーク機能は本当に素晴らしいですわ。
 ただ、良いところばかりではありません。S映像入力端子を装備していることに拘ったからこの機種になったわけですが、その入力されたSDアナログ映像を今のHD液晶テレビに出力する際はアップスキャンする必要があります。RX-A1010にはアップスキャン用のコンバーターが搭載されてるんですが、そのコンバーターの性能がショボい。コンポーネント端子に接続したDVDプレーヤーの映像でいろいろ試してみたんですが、自室の液晶テレビ(シャープAQUOS LC-32DS6)に搭載されているスケーラーの方がマシな場合すらある始末でして……上位機のRX-A2010だとコンバーターが「HQV Vidaビデオプロセッサー・VHD1900」と公表されているんですけど、RX-A1010は何が使われているのかも「国産品」としか公表されておらず怪しいんすよねぇ。これは失敗しましたわ。S映像入力端子に拘るのであれば、コンバーターにも拘るべきでした。AVセンターとしてアナログの映像処理も重視するなら、10万円弱ではなく、もう一段上のクラスのを狙った方が良いと思いました。また、RX-A1010は自動音場調整に「YPAO」というヤマハ独自のシステムを搭載しているんですが、これ、SA-205HDの「Audyssey 2EQ」とさして変わらないレベルですね。測定させたんですけど、前3チャンネルの定位の真ん中の位置がどうしても気に入らなくて手動でさらに微調整せざるを得なかったです(まぁ、うちのスピーカー配置はいびつだったりするので、ドンピシャに調節するのは難しそうですが)。上位機RX-A2010では音に補正もかけてくれる「YPAO-R.S.C.」というシステムを搭載していますし、同じクラスでもパイオニアのVSA-LX55だと「Advanced MCACC」に「フルバンド・フェイズコントロール」と補正しまくる凄いシステムを搭載してますから、音場を全自動でバッチリ調節してほしいならRX-A1010は選ぶべきではないかもしれません。
 ヤマハAVアンプといえば、の「シネマDSP<3Dモード>」は、「AV CONTROLLER」と組み合わせるといろいろ遊べますね。ただ、Blu-ray Discなんかの高音質フォーマットに適用すると処理能力不足で音質低下を招いたりしちゃうみたいなので、結局「一番使いたいときに使えない」みたいな感じだったりするのは残念ですな。ま、本気でDSPを使いたいなら、高性能プロセッサでリアルタイム処理できる最上位機・RX-3010を買えってことですかね。
 うちでは、HDMIでPS3とXBOX360をRX-A1010に繋いでいるので、ボタン入力に対する遅延も問題になるのですが、試してみたところ、特別「うわっ」となるような遅延は感じられませんでした。ただ、ピュアダイレクトモード(※いろいろな回路処理をパスできるモード)のON/OFFで、格闘ゲームでの入力感に差があるよーな気もしたので……影響は少なからずあるように思えます。この点、オンキヨーのAVアンプには遅延対策の「ゲームモード」が搭載されており、これをONにした場合遅延が約1フレームまで短縮されるとか。ヤマハのAVアンプも、ゲーム対策を明示した同様のオプションが搭載されるとわかりやすくていいんですけどね。

 AQUOS LC-32DS6とのHDMI連動も特に問題ないし(連動がおかしかったら、設定→HDMI設定のHDMIコントロールをON/OFFしてやればだいたい直る)、ウーファーが活性化して音の重心が下がりSA-205HDでの音の軽さを解消できましたから、RX-A1010に替えて正解だったと思います。
 これにて、2012年版Bleumer的簡易シアター完成でございます。今回こそは「完成」であり、AVENTAGEのメーカー5年保証をきっちり使い切るくらい長い間使い込みたい、と思っております。

| | コメント (0)

2012年5月 1日 (火)

Bleumer的簡易シアター 2012 ~その1

 約2年前、「Bleumer的簡易シアター完成」という自室にサラウンド環境を整えたって記事を書きました。
 その時に整えた環境は、
■アンプ:オンキヨー SA-205HD
■メインSP:デノン SC-A33SG
■センターSP:オンキヨー D-057FXC
■サラウンドSP:オンキヨー D-11XM
■サブウーファー:なし
という5.0ch環境でした。

 揃えた当時は当然満足していたのですが……そのうちに不満が出てきました。
 まずは、センタースピーカー。メインのSC-A33SGに比べて、中低域(というか、ボーカル域の低音)が足りないように思えたんですよね。特にNHKニュースで音声がモノラルになり出力がセンタースピーカーのみになったりすると、ステレオ放送時との音の差が激しく、気になって仕方がない。そこで、一昨年か去年早くだったかに買い足しました。デノン SC-C33SG。

Scc33sg_1_2
SC-A33SGと比較すると問題になるわけですから、ならば「同じシリーズで揃えちゃえば安心」という単純な考え……というのもあったけど、設置スペース的にこれ以上大きいのを買えなかったんですよね。ただ、8cmウーファー(x2)ながらこのスピーカー、低音頑張ってます。もちろん、より大きなセンタースピーカーと比べたら足りないところが多いでしょうけど、少なくとも「人声の再生音に芯を通す」って仕事はこなしてくれます。センタースピーカーはセリフをはっきり再生するのが何より大事ですから(※本当はもっといろいろやるみたいだけど、自室は狭いので、セリフだけしっかり再生してくれれば十分)、これで満足しました。
 次は、メインスピーカー。SC-A33SGで特に不満はなかったんですけど、うちにはほとんどデッドストックと化しているスピーカーがありまして(昔、音楽再生用に使ってたけど、最近はほとんど使わなくなっていた)、それが「使えないかな?」と思ったので今年になって試しに置いてみたら、悪くなかったんでそのまま鎮座することに。そのスピーカーは、B&W DM601 S2。

Dm601s2_2
B&W製品の中では当時のエントリークラス(というか、たしか国内では最廉価機)だったとはいえ結構デカいわけで(※幅20cm以上、高さも35cmちょっとある)、設置を諦めてたんですが、少々ムリしたら置けちゃったんで使ってみました。廉価機であってもB&WはB&Wでして、細かい音まで描き分けるのは得意です(※B&Wは、プロ用のスタジオモニターで有名なメーカー)。実際音を出してみると、SC-A33SGでは消えていた微細音が出るようになりました。ただし、それと引き換えに低音が弱くなり、音の迫力は失われました。なんか、音がとにかく軽いんですよね。
 まぁ、とにかく低音だけを強めたいのならサブウーファーを置くのが一番手っ取り早いんですが、家の事情で重低音をズンズン響かせるわけにもいかないため、それはできません。また、DM601 S2ってスピーカーは決して低音が弱いスピーカーじゃないんです。16.5cmの黄色いケブラー・ コーンウーファーは、本来かなりパワフルな低音も鳴らせるものなんですが……というか、使ってた頃はオンキヨーのINTEC205のアンプでドライブしていたにもかかわらず低音はそれなりに出てましたから、「おかしいな」と思い始め、「これは、単純にSA-205HDのパワー不足が原因なのか?」と思うようになりました。
 その後、いろいろとAVアンプのことを調べ始めたのですが……どのメーカーが良いのか、それどころかどのクラスが適当なのかすらよくわからず、「あーでもない」「こーでもない」といろいろ考えました。もちろん、「値段が高いアンプの方が音が良い」ってのはピュアオーディオの経験則でわかってます(メーカーはわざと音に差をつけてる、と思われます。ビジネスですからねぇ)から、お金積めば積むほど“良い音”が手に入るわけですが、自室はあくまで狭いので、「雄大に鳴らす最上級機」なんてものを買っても「宝の持ち腐れ」になるのは目に見えています。そして、自室は5.0ch、ムリヤリ頑張ってもリアスピーカーを足して6.0か7.0chしかスピーカーを配置できないので、9ch以上のドライブ能力をもつアンプを買ってもムダでしかないというのも悟りました。

 それでも、あれやこれやと悩んで、「あー、もう、ボーナス出たら買うか!」などと思っていたんですが、気がついたらなぜかうちに黒くてでっかいアンプが……。
その2に続く>

| | コメント (0)

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »