« なでしこJAPANが世界制覇 | トップページ | 地上アナログ放送終了 »

2011年7月21日 (木)

愚の極み

 政府が昨日、関西電力管内の家庭や企業に向けて「10%以上」の節電を正式に要請しました。関西電力がすでに「15%」節電を要請している他に、関西広域連合が「5~10%」を節電目標としています。これに今回の政府の要請が加わることで、関西の節電は“トリプルスタンダード”となりましたよ。
 もうね、敢えて言わせていただきますよ。アホか、と。この国の政治は、国も、地方も、愚の極みです。私は、前から書いているように、今まで電力を安定供給してもらったことへの恩義から関西電力に協力すべく節電に努めていますが、関西広域連合やバカ首相のわがままに従うつもりは毛頭ありません。というか、「お前らなんかに従うか、ボケ」ですよ。誰がてめーらのために節電なぞするものか。

 今のこの国の政治は、完全に間違っています。今の時代のエネルギー政策、特に最先端産業の上がりで食べているこの国にとってのエネルギー政策とは、「安定供給」、それも“超”のつく安定供給を滞ることなく実施し続けること、それにのみ意味があるのです。安定供給できないのであれば最先端産業は操業を維持できない以上、海外に移転するしかなくなる=産業空洞化=大量失業=経済破綻を招くからです。「安定供給」という言葉を忌み嫌う菅首相のような人間が少なからずいますけど、昨年末に起きた「四日市瞬時電圧低下事故」<Wikipedia>、これがこの国の現実です。たった0.07秒の電圧低下でも、最先端の工場というものは停止するのです。にも関わらず、慢性的電力不足に陥り電圧低下などが頻繁に起こるかもしれないような国でわざわざ工場を操業する意味など、ありはしません。なら、工場を移転するしかないし、移転されたら雇用が失われるのは必然ではありませんか。バブル崩壊以降雇用を増やすことはできず、これらの工場の上がりで私たちは食べているというのが実情です。ならばせめてそれらを動かし続けられるようにするのが政治の務めではないでしょうか?違いますか?
 私はこれを防ぐべく点検済み原子炉の再稼働を国の強権を発動してでも速やかに実施すべきと考えていますが、何も電力の「安定供給」のための手段はそれに限りません。最も実現性の高い方法は、火力発電所を一気に増やして足りない分を補うことでしょう。東京電力はこの夏の絶対的電力不足を補うべく、なりふり構わず火力発電を大幅に増強しました。銀行も莫大な資金を供給することで協力しました。民間の力だけで、最低限のエネルギー不足対策を講じたからこそ首都圏の今があります。
 この点、政治はエネルギー不足を補うべく何かしましたか?「太陽光パネル1000万戸分設置」とか遠い将来の話はしましたが(事実上実現不可能というオチつきですが)、実効性のあることは何もしていません。火力発電の増強を支援するなりして国をあげて増設していけば、今夏は無理でも今冬の電力不足は回避できるはずです。なのに、政府は浜岡原発を法律に基づくことなく停止させることでこの国の電力供給量をさらに減らし、東京電力に対する債権の放棄を要求して銀行の資金提供を止めさせ、玄海原発再稼働にこぎつけようとした矢先にストレステスト実施を発表……とどのつまり、エネルギー不足をより深刻にすることをしてきただけではないですか(“埋蔵電力”発掘とか笑わせんなよ。企業が現に使っているか緊急用でしかない発電能力を、一般電力に回せとでも?強制徴収でもするつもりなの?現実的かつ確実な対策でなければ意味がないんです)。自らの責任は放棄する一方、国民の意識を電力会社への八つ当たりにすり替えて、その上で東日本での罰則付き節電要請に続き、西日本でも節電要請ですよ。結局のところどんどん電力を足りなくして、代替電源も一切用意せず、いつまで足りないのか自分たちにも分からないのに「悪いのは電力会社」「国民はガマンしろ」、「企業もガマンしろ」と命じただけなのです。で、今夏足りないのは「何とかなる」、今冬も足りないのは「足りると聞いている」、来夏も足りないのは「まだ時間があるでしょ、わからない」って代表者が公言するんですよ?こんなのが「責任ある政治」と言えますか?なぜすぐに代替可能な発電施設(「自然エネルギー」なんて夢・幻のものではありませんよ。あれらは代替電源としては絶対的に出力が足りないのですから)を増やさない?なぜ今あって使えるものを使わない?国民の一部が反対していたとしても、政を司るものの責任として電力供給の安定化を図るのが政治の務めですよ。それを何もしないというのは、怠慢でしかない。愚かでしかない。
 そんな連中の命令を、どうして聞く必要があるのか。もっと国民は怒るべきだと思います。

 先週、菅首相が記者会見を開き、「原発に依存しない社会を目指すべきと考えるに至りました。つまり、計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもきちんとやっていける社会を実現していく」とわが国の“脱原発”を宣言しました。この会見はテレビで生中継され、国民も直接見ることができました。
 けれども、この発言は民主党内どころか閣内からも「そんな話、聞いていない」と軒並み抗議され、内閣のスポークスマンである枝野官房長官さえも「(会見は)遠い将来の希望について首相が思いを語った」と突き放しました。結果、菅首相自ら「私自身の考え方で、内閣全体の方針ではない」と国会で答弁するに至り、その後も閣内で発言が食い違い続けています。官房長官にも擁護してもらえない首相って初めて見ましたけど、首相だけが無責任発言を続けているように見えるので「恥さらしとは首相みたいな人間のことか」とも思いました。
 しかし、実際のところは違うのではないかと私は思っています。菅直人首相の「恥さらし」発言の数々は、実は民主党を代表した意見なのではないかと……理由はいくつかあります。1つは、例のストレステストの件で面目丸つぶれになった海江田経産大臣が辞表を出さないこと。私ならあの時点で辞表を叩きつけます。あんな酷い仕打ちを受けたのであれば怒りを露わにして当然ですし、何より政治家としては次の選挙に向けてのデモンストレーションにもなります。なのに、辞任しない。それどころか、菅首相の“暴走”を取り繕うような発言までしています。あれは、経産大臣としての財界に対するただの“ポーズ”であって真意は別の所にあるのではないかと思えてなりません。他の閣僚についてもそうです。首相に対する批判的態度をとってはいても、誰も本気で逆らってはいません。批判的な閣僚が揃って辞表叩きつければ、それなり効果はあると思いますけどね(それでも首相は辞めないでしょうが)。“脱原発”の名を借りた“反原発”は、実際のところ民主党の総意なのではないでしょうか?それを裏付けるように言い始めたのが「原子炉国有化」です。原子炉は危険すぎるし損害賠償が莫大になるから国有化すべしという理論ですが……私からすれば電力会社より政治家の方がよほど信用ならない存在です。それに原子力保安院とかの原子力関連の役人を信用している人って今日本にいるのでしょうか?なのに民間会社から剥奪してそんな連中に危険な原子炉を任せるなんて、正気の沙汰じゃありませんよ。しかも、その発言は暴走する「恥さらし」総理からではなく、民主党から出ています。これが菅首相と民主党とが意見を同じくするのでは、と考える理由その2。その3は、菅首相の“脱原発”と対立するエネルギー政策が、民主党からも他の所属議員から一切出てこないことです。“菅降ろし”や“脱原発”批判を公言する議員はいても、「原子炉を再稼働させろ」という議員は1人もいないし、「火力発電を」という議員もいない。何のことはない、菅首相の“暴走”に誰も反対はしていないのです。「あれは菅が勝手に」と言ってはいるけど、対案があるのかと言えば何もない。党として審議もしないし、個人の発言すらない。ということは、首相を政策的に追認していることに他ならないでしょう。他の策が何もないのだから(何も考えていない「無策」なら、まだマシかもしれません。本当はエネルギーを自分たちにとって都合の良いものに変えようとしているとしたら大問題です。たとえば、北朝鮮のように発電を国家が管理することで、国民を支配する道具にしたいなどと考えていたら……冗談じゃないですよ。ま、そこまで頭が切れる連中じゃないとも思ってますけどね)。
 だとすれば、「恥さらし」は菅直人という一個人だけではありません。民主党そのものが「恥」といえるかも。そして、そんな政治を黙認するどころか絶賛している人間が多数いるとすれば、民主主義国家たるこの国そのものが世界に恥をさらしていると考えるべきでしょうな。

 明らかに「無能」かつ「暴挙」と断ぜざるを得ない民主党政治を絶賛するなんて「そんな奴はいない」と言いたいところですが、絶賛する人たちはいます。政党で言えば社民党と共産党、新聞で言えば朝日新聞、そして橋下大阪府知事ほか一部の知事、そしていわゆる「反原発(原発反対派)」の人々です。まぁ、社民党と共産党は単純に「反原発」という主義ですから、無責任な発言だろうがなんだろうが「おお、同志よ!」と絶賛するでしょうな。「反原発」な人々も、「反対のための反対」をしている方が多いので「同志」ですよね。朝日新聞も、エネルギーに関してはその類なのでこれも当然でしょうか。ま、そのへんはどうでもいいです。が、一部の知事が絶賛しているのがね……「情けない」としか言えませんよ。この際、敢えて書きますが、彼らの狙いは「票」と「カネ=利権」、それだけでしょう。「原発反対、自然エネルギー賛成」というフリで一部の国民(特に女性層)の支持を集めること、そして電力という独占的利権を崩壊させることでそのおこぼれに預かろうとしているだけですな。その証拠が、ソフトバンク社長提唱の「自然エネルギー協議会」。“政財癒着”そのものの、いわば「自然エネルギー利権協議会」に、全国35道府県の知事たちがアリのように群がるとはね(群がったのは、「原発利権」の恩恵が少ない知事たちです。そのうちの1人は私自身票を投じた人なので私にも有権者としての責任がかかってくるのですが、対立候補は間違いなく協議会に参加する考えの人でしたし、政策的によりマシな方を選んだ結果なので「仕方ないか」と思ってます。東京都知事が協議会に入らなかったのは「流石だ」とも思いましたが、「税収があり余っているので、入る必要がない」からなんですよね)……この国の腐り方は、もうどうにもならないなと。日本の国益よりも、自らの保身と利権獲得という政治家ばかりというのがこの国の現実なのだと痛感させられましたよ。目の前に「利権」をぶら下げられると自ら寄っていってしまう。あの社長が言っていることが本当なのかってことさえ、考えもせずにね。太陽光発電所も風力発電所も必要な電力を発電できず、人手要らずで雇用などほとんど生みはしないってことも少し考えればわかることなのに、強くでられただけで簡単に騙される。人の上に立つ者として失格ですよ、ホントに。

 「同志」たる社民党や共産党以外であっても、エネルギー政策に関して菅内閣・民主党政権と正面切って戦わず、「自然エネルギー」熱に毒されて他のエネルギー政策を提案すらできない日本の政治家たちにはもはや絶望するしかないのかと思っていましたが……昨日、自民党の国家戦略本部が、方針として既存の原発について安全対策を強化した上で当面稼働させると明記したようですな。自民党は、ずっと原子力発電を推進してきた者としての責任を取らねばなりません。自分たちが作ってきたものを簡単に「捨てる」などと言える立場にないということが、自民党にもようやく理解できたようです。原発維持の立場を表明したことで次の選挙で負けるのなら、それはそれで仕方がないでしょう。ですが、本当にそうなったら、この国は一方的に衰退していくだけなのです。党として今後も原子力発電を肯定するというのであれば、自民党が原子力発電を切り捨てた責任を取る必要はありません。“脱原発”などというまやかしを吹聴する政治家たち、そしてそんなまやかしを支持した国民が責任を取るのですからね。自民党は、そんなまやかしの対立利益を追求する政党として活動していくべきですよ。ぜひ割り切って、強く主張していただきたい。この国が産業立国である限り、必ず相当数の支持は得られますよ。
 “反原発”“脱原発”も1つの考え方ではあります。が、残念ながら今叫ばれているものは、経済的にも技術的にも論理的どころか倫理的にすら何の裏付けもない、間違ったエネルギー観に基づくものでしかありません。「自然エネルギー」というものがもっと実用的になって、現実的にシフトできるほど準備が整ってから真剣に考えたって遅くはないですよ。そういう考えも準備もなしにいきなりシフトしようと言っている限り、私は一切支持しませんし、できません。そして、そんなものに軽々しく乗っかるだけの「恥さらし」な政治をいつまで続けるのか……政治家の自浄に期待できない以上は、我々主権者たる国民にかかっていると思うのですがね。

|

« なでしこJAPANが世界制覇 | トップページ | 地上アナログ放送終了 »

重い話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« なでしこJAPANが世界制覇 | トップページ | 地上アナログ放送終了 »