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2011年2月22日 (火)

バーレーンGP中止に思うこと

 今年のF1開幕戦・バーレーンGPが中止になるようです。理由は、バーレーンの民衆によるデモ、これに対する政府の武力鎮圧などによる政情不安。国自体がひっくり返るかもしれない中ではF1どころじゃないだろうし、F1に関わる人たちの安全も全く保障できないでしょうから、当然といえば当然の決定でしょうね。残念ではありますが。

 バーレーンのみならず、今、中東各国で民衆によるデモが頻発しています。チュニジアに端を発して、周辺国に飛び火し、はては元々反政府運動が根強いイランでも再びデモが活発化しているとか。それぞれの国で事情は異なるようですが、富める権力者vs一般市民という点ではだいたい共通しているように思います(元々“無政府”みたいなイエメンはよくわからないけど)。
 これらについての報道を連日見ているわけですが、どうも私にはマスコミがこれらの民衆の行動を「民主化運動」であり「正しいことである」という前提で報道しているように思えるんですよね。何か専制的な「悪」の権力者(王族/大統領/軍人/宗教的指導者など)がいて、それに対して民衆が「民主化(=正義)」を求めて戦っている構図にしたがっている、みたいな。本当にそうなんでしょうか?
 たしかに、チュニジアやエジプトでは何十年も続く専制的な大統領が存在していて、権力構造の固定化による政治腐敗がひどく、そのあまりのひどさに民衆の怒りが爆発したっていうのは事実だと思います。それがいわゆる「革命」であるといえば、そうともいえるでしょう。
 しかし、それは政治腐敗によって富が権力者側に過度に集中し、民衆が貧しさに耐えきれなくなったからキレたってだけであって、「民主化運動」とは必ずしも言えません。実際、大統領は亡命するなり退陣するなりして革命的な結果を得はしましたが、どちらの政府も完全民主化されたってわけじゃなく、事実上軍による管理で、一般市民の中から政治的リーダーが出てきてもいません。それどころかエジプトではまだデモが続いているようで、結局のところ彼らは「政治の民主化」なんてどうでもよくて「俺たちにカネをよこしやがれ!」と言っているにすぎないようにさえ思えます。また、民衆はデモを通じて「正しいこと」をしているとマスコミは言いたげな雰囲気ですが、エジプトの市民デモでは放火などの破壊行為のみならず商店や歴史的遺産の略奪、外国人記者に対する襲撃などの暴力行為も多くあったとか。アメリカの著名な女性記者がデモ内にて性的暴行を受けたなんてこともあったというのに日本では極端に扱いが小さいあたりも、何かしらの意図が働いているように思えます。どんなに腐敗した政府だろうとつい先日まではうまくいっていた(ように見えていた)わけだから「正しくなかった」とは言い切れないのだし、民衆だってデモと言いながら一部は間違いなく暴徒であり犯罪集団以外の何者でもなかったのです。どっちが「正しい」かなんて簡単にわかることではないし、おそらくは「どっちも正しいし、どっちも間違っている」というのが正解でしょう。「報道」というのなら、価値判断することなく情報だけを伝えてもらいたいものです。
 そもそも、「民主化=正しい」なんて価値判断自体成り立たないってことに、いい加減気付くべきじゃないですか?特に、イスラム社会にあっては欧米的民主化したからってうまくいかないのはイラクやアフガニスタンで証明済みですし、だいたい足下を見れば民主化してて「民主」なんて名前までつけた政党が完全なる民主的選挙を通じて政権を勝ち取った国でさえこのザマ(現在内閣支持率10%台。自分たちで議員選んで、過去には“首相にしたい男”No.1だった人が首相でも、みんな不満ばかり)なわけですからねぇ。そんな中「民主主義だから正しい」なんて、ちゃんちゃらおかしいですよ。「民主主義は最悪の政治形態」とまで言いきったチャーチルの言葉の重さ(「民主主義の賢明さなど、他よりはマシってだけだ」ってこと)を噛みしめるべきです。

 先が見えず、何をどうすればいいかよくわからない社会に私たちは生きていますけど、だからといって方便や煽り文句でごまかされているようでは余計に何も見えなくなってしまいます。
 しっかりと自分の頭で考え、1つ1つのことをしっかりと自分なりに判断していく他ないんですかね。

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